鍼灸について | 広島市にある鍼灸・美容鍼・はり・きゅう・かっさ・小児鍼の女性鍼灸師の鍼灸院 天壇鍼灸院・天壇立町分院

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鍼灸の起源と歴史 鍼灸の基礎知識 鍼灸の適応症 簡単な『ツボ体操』
 

鍼灸学の起源と歴史

  鍼灸学の歴史は、中国の生活、文化の歴史そのものであり、人類文化史の一部ともいえる。およそ、四千年前の新石器時代に生活の知恵として誕生した。
  古代人は、怪我をしたり病気にかかった時、からだを揉んだり、患部を指で押すなどして、無意識に「手当て」をしていた。やがて、手だけではなく身のまわりにある道具を使うと効果的であると知ると同時に、特定の部位を意識的に刺激すると痛みが止まったり症状が改善することに気づき、経験を重ねるうちに、ツボを発見し、内臓器官と体表・四肢を連絡する道路網ともいえる経絡の存在を認識してきたのである。

  「駆邪逐鬼(くじゃついき)」の観念は針法及び灸法が生まれるに至る、最初の要素の一つである。
古代の小型武器 古代針具はまるで古代の小型武器(左図)のような形をしている。古代の人々の理念の中で、武器の宝剣や刀は「駆邪逐鬼」つまり、邪気を追い払うものであった。古代では、病気にかかるのは、鬼邪(邪気)が体の中に入ったからだと考えられており、ツボを刺激することで「鬼邪」を追い払い、病気を治した。また、「駆邪逐鬼」の観念に基づき火を治療に利用した。たとえば、古代名医 扁鵲は「横邪癲狂」の治療の際、十三鬼穴に火針で治療を行なった。「黄帝内経」及び「本草綱目」に、九針は『五兵』、刺法を『兵法』のように模倣したものであると記載されている。九針は9種類の鍼具である、現代の鍼はその影響で臨床によく使っている鍼(髪のような細い)と三棱鍼、皮内鍼、小児鍼,按摩鍼などである。

  暮らしの中で火を使用するうちに、火から生まれる熱が身体機能を改善することに気づき、様々な利用方法を試行錯誤するうちに生まれたのが灸による治療である。灸治療によもぎを用いるのはよもぎが燃えやすく、芳香性、滲透性など性質を持つ薬草であり、また「駆邪逐鬼」の効用があると信じられているからである。現在も中国の古代荊楚という地方には五月五日(端午の節句)によもぎで作った人形を門に飾る風習がある。

  医療器具としての針の変遷をみると、最も初期の医療器具(砭石)から始まり、骨針、竹針、その後、鉄針、金針、銀針、ステンレス製針などが現れた。また、吸玉療法も昔からある治療法で、古代には「角法」と呼ばれた。「角法」は獣角で作った角杯(角で作った杯)を用い、火を利用し角杯のなかの空気を抜き、皮膚表面に吸着させて、膿や毒を出す治療法である。その後、角杯から陶灌、竹灌、鉄灌、銅灌、ガラス灌に変化して今に至る。

鍼灸学の歴史発展及び影響は「黄帝内経」から語られる

  中国伝統医学(中医学)の基礎をつくり、現存する中国最古の医学書である「黄帝内経」は紀元前403年に始まる戦国時代から秦・漢時代にかけて、多くの医師たちによって著述され、その伝説中の黄帝(そもそも黄帝とは、中国の神話伝説に登場する帝王で、司馬遷の「史記」秦始皇本紀によれば三皇(天皇・地皇・人皇)の治世を継ぎ中国を統治した五帝の最初の帝王だと位置づけられている。)とその師である岐伯との問答の形で東洋医学の思想を語っている古典の名書である、この本は『素問』と『霊枢』の二部分に分かれており、その理論は科学技術の発達した今でも大きな役割を果たしていると言える。『素問』は生理、病理、自然環境、社会、衛生、養生法について論じた医学概論で、哲学的論述が多くなっている。『霊枢』は『鍼経』とも言え、解剖、生理を説いた上に、鍼による治療法(鍼術)を詳述したものである。特に陰陽五行(いんようごぎょう)、気血栄衛(きけつえいえ)、臓腑経絡(ぞうふけいらく)の説が基本となっている。たとえば『霊枢』によれば、五臓六腑(ごぞうろっぷ)には十二の原穴(げんけつ:元気の象徴となる経穴)があり、疾病(しっぺい)がある場合はここに反応が現れるなどといったことが書かれている。

  『黄帝内経』の内容は医学にかぎらず、天文地理学、生物学、易学、気象学、星座学、薬学、数学、運気学など広くさまざまな分野に及び、医学書というより科学書と呼ぶべきであり、道教にとっても原典の一つとされる。「黄帝内経」のとは、古代の「経」は絲(糸)と書き、絲の原始(本来)意象(イメージ)は臍帯(臍の緒)である。臍帯は生命の重要な物で、先天と後天を繋ぐ根本的な物であり、人間の根本的な物でもある。即ち、「」は根本を意味する。「経」のもう一つ意味は、亘古不変(永遠に変わらない)ということである。「経書」は不変のことを論じる本で、本質・亘古不変な特徴がある。その「経書」の並びに、「緯書」もある、「緯書」は変化のことを論じる本である。

  最近、現代医学が目を向けはじめた「生活の質」(QOL)を高めるという発想ときわめて近いものである。身体に負担をかけず、自然のルールに従って健康を保持し、病気を克服するというものである。

  東洋医学の元と中心になる中医学は、インドのアーユル・ベーダ医学、イスラム世界のユナニ医学とともに、世界の三大伝統医学といわれているが、単なる昔の古い医学ではない。伝統が絶えることなく今に受け継がれ、現在では、西洋医学と同等の社会的地位を持つ中医学として確率されている。西洋医学とともに医療制度に組み込まれ、国民医療を担う生きた医学として発展し続けているのである。その教育も大学5年間で医師と同じである。身分も中医師(中国医学医師)となる。

  日本では、明治維新による西洋文明至上主義の政策によって、鍼灸は国家の医療の中心から民間療法に格下げされ、代わって西洋医学が国家の医療になった。 第二次世界大戦後にGHQの政策から存続の危機を迎えたが、辛うじて乗り切り、現在は医療類似行為として専門学校3年間、鍼灸短大3年間、鍼灸大学4年間(鍼灸学士)などの教育を経て、国家試験に合格すれば「はり師、きゅう師」の厚生労働大臣免許が取得でき、鍼灸師として臨床することが出来る。

  鍼灸の歴史は、中国の中だけで語られるものではない。なぜなら中医学は、シルクロードを通って西アジアから中東、さらにヨーロッパへと伝わり、イスラム教圏や、キリスト教圏の医学に影響を与え、各地の伝統医療と結びついて、多くの人びとの健康や医療に大きく貢献したからである。

  針灸は現在、アメリカ、フランス及びドイツを中心に、多くの国々で医療行為として認められている。1987年に北京で開催された世界鍼灸学会連合大会の資料には、世界六十数カ国で鍼灸学会が組織され、それぞれの国や地域で治療と研究が行なわれている、との報告がある。

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